こんにちは!一澤藍子です。

自己肯定感を高める、自己肯定感を上げる、という言葉が本屋さんやネット記事などでも目につくようになって久しくない今日この頃ですが、みなさまいかがお過ごしですか?自己肯定感あげてこう!って言われても・・・そんなスムーズにいきませんよ。って、思いませんでしょうか?

今回は、新米ママだった頃の自分にちょっとフォーカスして、私自身の自己肯定感のアレコレをちょっと思い出してみました。

いちいちジャマする「自分設定」


思い返せば、自己肯定感なんてものは皆無だった私ですが、心理学を学び始めて自分が少し楽に暮らせるようになった一番の理由はこの自己肯定感、「自分を前よりちょっと肯定できるようになった」ことによると思うんです。「自己攻撃を減らした」と言い換えることもできます。

私は自分を作ることで精一杯だった時があったんです。ありのままの自分を「いいもの」とは思えてないのでしょうね。だから否定して、人と比べてしまったり、無理をしたり、取り繕ったりしていました。

きっと幼い頃、物心ついた時から自分を演じたりすることはあったのだと思いますが、特に自分の中で顕著だったなと思う例は、今から約10年前、第一子である息子が幼稚園に入園するかしないかの頃の出来事です。

その当時、初めての子育てでわからないことだらけだった私は、これから色々と子育ての情報収集をしたり、助け合っていくため、まずママ友さんをたくさん作らねばならぬ、そしてママ友さん団体に私が潜入することに成功したら、きっと彼女たちの子供はうちの息子のお友達になってくれるに違いない!なるべくたくさんお友達を作れるようにしてあげなければ!

と、そんな風に信じて疑わなかったのです。

そして私はそのために、自分にいくつかの「設定」をしていく必要があると思い込みまいした。

それは、こんな感じ。

明るく前向きで余裕を持って子育ても楽しんでいて悩みなんてなさそうなママ!!・・・うそです、そんなの。不安だらけだから、ママ友グループに所属しないといけない、そう思っている時点で全く設定とは正反対です。

でも自信なさげじゃダメ、みんな不安な中でも楽しんで頑張っているのだから!って勝手に決めつけていました。人に好かれる自分に設定しておくことが正解だと思っていたのですね。

それって、皮肉なことに、つまり最終目標としては私の描く「自己肯定感の高い人」として見られることを目指しているのですよね。

ありのままの自分を否定して作り上げる私。例えるなら、まるで天然の鉱石を拾い上げ、粉々に砕き、それをまた固めて宝石にして身に付けようとしていたようなもの。なんだ、この堂々巡りの挙句の果ての本末転倒具合は・・・そんなことには全く気づけませんでした。

とにかく、その設定されたママになることにあまりにも忙しいわけです、私の頭の中は。

設定確認が忙しすぎた挙句のポカミス


さて、幼稚園にて、入園を希望している子供たちのために行われる親子のためのプレ教室にママ友さんたちと約束をし、連れ立って行くことになった日のことです。

洋服は何を着て行ったらいいかな、ボーダーのシャツとかみんな着てるし無難かな。うん。ボーダーだな。カバンはどんなのがいいのかな、マザーズバックが最適だね!そうそう、ちゃんとお茶も新しい水筒に入れて、いつも持ち歩いているの、って感じにしなくちゃいけない。子供の服装も気をつけなくっちゃ、息子のお気に入りのトイストーリーのTシャツはもう何度も洗濯をして首がよれよれに伸びているから、着替えさせないと!大ぶりのアクセサリーなんて子育て中だから不適切だしね。靴はペタンコのスニーカーで決まり!!

・・・などなど、もう設定に寄せていくことで精一杯!!そんなだから出かける直前までもう、本当に大忙し!!!なんせ、ひとつひつとに「設定に合ってますか?!」と、自問自答しているのですから!時間も迫って、やばい、集合時間に遅れてしまう!!と、急いで家を出た私は・・・ついにやらかしてしまったのです・・・。

自分の設定を追いかけるばかりに大切なことに頭が回っておらず、なんと、なんと・・・携帯電話と間違えて、家の固定電話の子機を掴んでバッグに放り込み、幼稚園へ行ってしまったのです!!

プレ教室が終わった後に、知り合った方と連絡先の交換をしようとバッグからニコニコと取り出したのが、スマホではなく、家の電話の子機ですよ!!そんなことある?!もう、大爆笑ではありませんか!!!

私は苦笑い、照れ笑いで必死にその場を取り繕いましたが、なんと恥ずかしかったことでしょう!顔から火が出るとは、このことですかー!!って思いました。

shocked
『ヤメテーーー!!だれかたすけてーー!!なんとかしてよ、ドラえもーん!!』(←心の声・・・。)

設定すること=補償行為


普通にやるべきことができていなかったのですね。これは心理学では補償行為と言って、何かを隠そうとする行為、何かを補おうとする行為です。

どこかに、そのままの自分に OK を出せていない自分がいるのです。何かを補おうとするとそこに使ったエネルギーのわりに得られるものが少ないと言います。普通にできるはずのところに、ぽろっと穴があいちゃった例ですね、私のポカミスは。

外から見える私、服装や持ち物や自分設定に必死にエネルギーをつぎこんでいたために、こんなポカをやらかしてしまいました。余裕があって子育てを楽しんでいる不安のないお母さんからは、はるか程遠い1万マイル・・・な、結果です。とほほ・・・。

でも、なんだかこれで「化けの皮」が剥がれちゃって、後は割と開き直っていた気もします。それでも、やっぱりママ友さん軍団に所属するためには今のままの自分では受け入れてもらえない感覚があって、自然とじょじょに離れて行ったように思います。

こんな風に、自己肯定の真逆、自己否定をしていると、補償行為をして埋め合わせをせねばならなくなり、余計なガソリンをいっぱい使います。人と会っていて、とても疲れる、と言うお話もよく伺いますが、自己否定からの補償行為をしていないでしょうか?私自身が経験したことから、結局自分を否定して、こんな自分じゃダメと思うことにより、自分の良さまで消してしまいかねないのです。

いい人でいよう、そう思いすぎることによってミスをしたり、疲れてしまったり、こんなはずじゃなかったと思うことが勃発、挙句の果てに「もう、いやだ・・・」って不機嫌になってしまうならば、少々ドジだったり、少々不安も抱えていたり、自信がなくとも機嫌よく自分なりに頑張っている方が、結果として全然明るく自分らしくいられるのです。

そして、その自分を「私なりにがんばっているよね」と、まるをつけてあげる、それが自己肯定であり、その結果わりとリラックスして、自分らしくエコモードでガソリンを無駄遣いしすぎることもなく、疲れにくくもなるって思うのです。

もしかしたら、そのままの自分でいた時に何か問題があって嫌な気持ちを感じたことがあったのか もしれませんね。もしかしたら辛いハートブレイクを経験したことがあったのかもしれません。

でも、それはその時のお話。今から全く同じことが起こるとも限りません。まずは自分自身の良い面も悪い面も、 どっちもあって私だよね、と肯定するところから、始めてみませんか?その肯定した状態で、補償行為をせずとも自然体でいられる、その時こそ「自己肯定感」を感じられるのだと思います。一生懸命に上げたり増やしたりするんじゃなくて、自分らしくいられたら充分だと私は思います。

ちなみに、あれほど切実に加入を希望していたママ友グループから脱退しても、息子には勝手に仲良く遊べるお友達ができてました。私、何をひとり相撲してたんだろうって、思っちゃいますけど。でも、それもまあ、どんくさいなりに私が新米ママで一生懸命がんばってた証拠!ってことで、「まる!」にしておくことにします!

そんなもんですね。自然体でいる方がむしろ、なんとかなるんですね。不思議と、ね。そうしたら、こんなふうに、笑い話にもできるし、ね!!!

まだまだ、引き続きどんくさい私ですが、面倒くさくなってきたので「設定」は、もう随分とやらなくなってきたみたいです。そうするとね、ちょこっとだけ、ポカミスも減ってきましたよ!(たぶん。。)


ここに出てきた「補償行為」のお話しは、パンダのシャンシャンにご協力頂いて説明した文章がありますので、ご興味のある方はぜひそちらも併せて見てくださいね!私より、ずっとスマートなパンダのシャンシャンです!!!

『やってみよう心理学的考察!パンダのシャンシャン③補償行為』https://ichizawaaiko.blog.jp/archives/18437298.html