みなさま、こんにちは!一澤藍子です。
前回まで、心理学の考え方が、私の「暗いトンネル」の日々を意味ある経験ととらえる方向へ導いてくれたお話しをしました。
今回は、私の人生における新たな節目、父の他界と母の介護施設入居を経て、これまでの私の「過去の経験」が、どのようにして「誰かの力になる」という希望へと変わっていったのかを綴っていきます。
前回まで、心理学の考え方が、私の「暗いトンネル」の日々を意味ある経験ととらえる方向へ導いてくれたお話しをしました。
今回は、私の人生における新たな節目、父の他界と母の介護施設入居を経て、これまでの私の「過去の経験」が、どのようにして「誰かの力になる」という希望へと変わっていったのかを綴っていきます。
叶わなかった母の「楽しい暮らし」
父の他界は、長年の闘病生活の終わりであり、私にとって大きな喪失感を感じる出来事でもありましたが、同時に、「一つの区切り」でもありました。
父の他界後、私は母に自由に好きなように生きて欲しいと願って、母が1人暮らしに慣れて、そして楽しく気楽に暮らしてくれるといいなと思っていました。
そして、母の生活をなんとか応援し、支え続けたのですが、現実はそうはいきませんでした。
父がいなくなったことによる、母の感じる「無価値観」は相当なもので、自分だけの人生を生きていく気力は、坂を転げるように落ちていってしまいました。
私は、私だけの力ではどうすることもできなくなって、福祉のサポートを、今まで以上にお願いするようになりました。ヘルパーさんに来ていただいたりしながら、私もできる限り母の元に通う日々でした。行けない日には、何時間も電話で話したりを続けましたが、現状がよくなることはなく、ついに母はほとんど、まともな食事をしなくなってしまい、自宅で倒れてしまう事態になりました。
もうこれ以上、ひとり暮らしはさせられない。ケアマネージャーさんと相談して、母には介護施設に入居してもらうことに決めたのです。施設に入ったとはいえ、家族にやるべき役目はたくさん残っていましたが、それでも長年背負ってきた「両親を自分一人で支える」という大きな役割から、私は解放されました。
しかし、その一瞬の解放感とともに、私の中にはある思いが湧き上がってきました。それは、「罪悪感」でした。
娘の私が一緒に暮らしてあげたらいいのではないか。娘の私がもっとするべきなのではないだろうか。施設に入れてしまうなんて、冷たい娘なのではないだろうか・・・
実際に、施設入居の話を最初に持ち出した時に、母にも言われたことがあります。『親を捨てるのね・・・』と。その言葉は、私の胸に突き刺さりました。
でも、私はこの時にはカウンセリングを受けるようになっていました。カウンセラーさんたちは、みんな異口同音に私に伝えてくれました。
『お母さんに施設に入ってもらうことは、間違ってないよ。それでいいよ。』
『お母さんの本心は、娘のあなたに幸せになってもらうことだよ。』って。

カウンセリングで、自分を肯定することをサポートしてもらいながら、私はなんとか自分の人生を立て直そうと必死でした。そして、心理学を学ぶ中で出会った考え方を信じることにしました。
それは・・・これまでの私の「辛い経験」や「乗り越えてきた道のり」が、もし誰かの「心の痛み」を理解し、「寄り添う力」に換えられるのなら。そして、もう一度立ち上がろう!って、思ってもらえるのなら。
私にできることがあるかもしれない。希望を見出した感じがしました。
娘の私が一緒に暮らしてあげたらいいのではないか。娘の私がもっとするべきなのではないだろうか。施設に入れてしまうなんて、冷たい娘なのではないだろうか・・・
実際に、施設入居の話を最初に持ち出した時に、母にも言われたことがあります。『親を捨てるのね・・・』と。その言葉は、私の胸に突き刺さりました。
でも、私はこの時にはカウンセリングを受けるようになっていました。カウンセラーさんたちは、みんな異口同音に私に伝えてくれました。
『お母さんに施設に入ってもらうことは、間違ってないよ。それでいいよ。』
『お母さんの本心は、娘のあなたに幸せになってもらうことだよ。』って。

肯定してもらう経験から得たもの
カウンセリングで、自分を肯定することをサポートしてもらいながら、私はなんとか自分の人生を立て直そうと必死でした。そして、心理学を学ぶ中で出会った考え方を信じることにしました。
それは・・・これまでの私の「辛い経験」や「乗り越えてきた道のり」が、もし誰かの「心の痛み」を理解し、「寄り添う力」に換えられるのなら。そして、もう一度立ち上がろう!って、思ってもらえるのなら。
私にできることがあるかもしれない。希望を見出した感じがしました。
幼少期のいじめ、父の闘病生活、母の精神的な不安定さ、そして両親を支え続けた日々。これらは私にとって、決して楽しい想い出なんかではありませんでした。でも、心理学を学び、「ものの見方」を変えたことで、これらの経験が単なる「過去の辛い経験」ではなく、「他者を理解し、支えるための貴重な財産」へと変換することができるんだと知りました。
それから、私は『自分のネガティブな経験は誰かのネガティブな状況に寄り添うことに役に立つ』ということを、ひたすらに信じて、できる限り自分の経験を活かしたい、誰かの役に立つのであれば、大いに役立たせたい!と思って前に進み続けました。
「カウンセラーになる」という決意を持って入ったわけではなかったカウンセラー養成コースでしたが、夢中で打ち込むことができる道となったのです。
人は、誰かの役に立ちたい生き物のようです。誰かの役に立つかも知れない・・・そう思った瞬間から自分の中にエネルギーが湧き起こってくる感覚がしました。それから、私は『自分のネガティブな経験は誰かのネガティブな状況に寄り添うことに役に立つ』ということを、ひたすらに信じて、できる限り自分の経験を活かしたい、誰かの役に立つのであれば、大いに役立たせたい!と思って前に進み続けました。
「カウンセラーになる」という決意を持って入ったわけではなかったカウンセラー養成コースでしたが、夢中で打ち込むことができる道となったのです。
もし、みなさんの中で、辛い経験や、私のように、何かどうしようもなくて、しんどかった過去がある方がおられたら、それは必ずしも「ネガティブな経験」として終わっていくものではありません。
あなたの、そのがんばりは、誰かの辛さに寄り添う優しさに変えることができます。
だれかを理解する想像力を持っていると言うことになります。
どんな経験も自分にとって無意味だったことは何一つないと言います。私もきっと、そうだと思います。その渦中にいた時には全然、そんな風には思えなかった。
でも、少しだけ気持ちに余裕ができたなら、そっと自分の心を再点検してみる。自分が、一生懸命だったこと、もしかしたら「最良の策」ではなかったかもしれないけれど、でもその環境下で、未熟ながらも、必死で自分なりにベストを尽くしたんだと思えた時、それはただの「辛かった経験」ではなくなるはず、って私は自分の経験を通して感じたから。
どうか、辛い思いをしてこられたことがあるならば、それを「辛い」もののまま、ずっと心に押し込めておくのではなく、カウンセリングなどを通じて、その下にあった本当に自分の願いや思い、温かさに触れてみてください。
あなたの頑張りは、誰かへの愛であったに違いないはずだから・・・
次回は、「あなたがあなたの幸せをあきらめない限り、必ず幸せにたどり着く」という私がプロフィールのメッセージの中に込めた思いについて、綴っていきたいと思っています。
・・・とてつもなく暑い日が続きます。みなさま、体調には充分に気をつけてお過ごしになってくださいね。
・・・とてつもなく暑い日が続きます。みなさま、体調には充分に気をつけてお過ごしになってくださいね。